「このバイク、結局何に使うの?」─
─そんな疑問符を貼られ、わずか1年で姿を消した原付バイクがありました。
しかし、その評価が覆ったのは10年以上も後のこと。
本田技研工業(ホンダ)が1984年に世に送り出した三輪原付「ロードフォックス」は、時代が追いつかなかっただけの“幻の名車”だったのです。
本記事では、ロードフォックス誕生の背景から短命に終わった理由、そして後年なぜ再評価されたのかを、原付市場の流れとともに解説します。
- 原付レジャーバイクブームと時代の転換
- ホンダ独自路線「スリーター」シリーズとは
- ロードフォックスという異端児
- 10年後に訪れた再評価の波
原付レジャーバイクブームと時代の転換

画像引用元:ホンダ
いわゆる原付レジャーバイクブームです。
しかし1980年代に入ると状況は一変。
原付市場の主役は次第にスクーターへと移行し、さらに若者層の関心はレーサーレプリカへ集中。
軽快さや実用性、見た目の速さが求められる時代に突入していました。
ホンダ独自路線「スリーター」シリーズとは
そんな市場環境の中でも、ホンダは“横並び”の開発を良しとしませんでした。
1980年代初頭から同社が積極的に展開したのが、三輪構造を持つ原付バイク群、通称「スリーター」シリーズです。
スリーターの主な流れ
- 1981年:ストリーム
- 1982年:ジャイロX
- 1983年:ジョイ/ジャスト
これらは実用性や安定性を重視したモデルで、当時激化していたヤマハとのシェア争い、いわゆる「HY戦争」の中で、ホンダの技術力を誇示する存在でもありました。
ロードフォックスという異端児
そのスリーターシリーズ第5弾として、1984年に登場したのがロードフォックスです。
フロント1輪、リア2輪という構造自体は同系統ながら、これまでの実用寄りモデルとは明確に一線を画していました。
ロードフォックスの第一印象
- カウルを廃した極めてシンプルな外観
- 原付とは思えないワイドなリアタイヤ
- どこか“遊び専用”を思わせるスタイル
当時まだ一般的ではなかった「トライク」という概念を、原付サイズで体現した存在だったと言えるでしょう。
性能・構造から見たロードフォックスの魅力
ロードフォックスは見た目だけの変わり種ではありません。
先行スリーターで得たノウハウを惜しみなく投入し、走行性能と安全性の両立を図っていました。
主な特徴
- コーナリング時の復元力を高めるスイング機構
- 低重心設計による安定した走り
- スリーター初のパラレルフレーム採用
- チャンバータイプマフラー
- バケットシート
さらに
- スタンド不要のワンタッチパーキング機構
- セルフスターター
- 小物入れ
と、実用面も非常に充実。
「バイクの楽しさ」を前面に出しつつ、初心者にも扱いやすい設計でした。
なぜ売れなかったのか?市場とのズレ
完成度の高い一台でありながら、ロードフォックスは商業的には成功しませんでした。
理由は明確で、市場とのミスマッチです。
売れなかった主な要因
- 原付=スクーターという固定観念
- 三輪=業務用・実用車というイメージ
- レジャーバイク需要の終焉
結果として、「これは何用のバイクなのか分からない」という評価が先行し、年間販売目標1万8000台に届かないまま、わずか1年で生産終了となりました。
10年後に訪れた再評価の波
皮肉なことに、ロードフォックスが真価を発揮したのは、販売終了から10年以上経った1990年代以降です。
カスタムブームの到来により、その三輪構造が再注目されました。
再評価されたポイント
- アメリカントライク風カスタムのベース
- ミニカー登録可能な三輪構造
- 他に代替が効かない独自性
「用途不明」とされた個性が、唯一無二の価値へと変わった瞬間でした。
中古市場と現在の価値
生産期間が短く、現存数も少ないことから、ロードフォックスは中古市場で一時プレミア価格を記録。
新車価格13万9000円だった当時から考えると、数倍で取引された時代もありました。
現在でも
- 状態良好車は40万円超
- カスタムベースとして根強い人気
と、“幻の名車”の名にふさわしい存在感を放っています。
まとめ|ロードフォックスが示したホンダの本質
ロードフォックスは、決して失敗作ではありませんでした。
ただ「早すぎた」だけです。
市場の声よりも、バイクそのものの可能性と楽しさを優先する─
─そんなホンダの思想が、最も色濃く表れた一台と言えるでしょう。
流行に迎合せず、遊び心を忘れない。
ロードフォックスは今なお、ホンダというメーカーの本質を語り続ける“静かな証人”なのかもしれません。
最後までお読みいただきありがとうございました!
